フランスのパリで生まれたジェローム・シュシャン氏は、1983年、大学時代に旅行で初めて日本を訪れ、禅寺で修行を体験するなど日本文化に触れた。 1989年にパリ老舗の名門ジュエラーに就職して渡日したことをきっかけに、フランス国立造幣局日本支社、ラコステ北アジアディレクター、ヘネシーなど様々な企業で日本市場での活躍を積み重ねていく。 スペインのポーセリン(高級磁器)人形メーカーを母体とするリヤドロジャパンの社長に就任し、積極的経営で業績を40%に伸ばした。 2010年、シュシャン氏はベルギーのチョコレートメーカーを母体とするゴディバジャパンの代表取締役社長に就任した。社長就任時、ゴディバの社員たちにはラグジュアリーブランドという意識が強く根付いていた。 それはすごく大事なことだが、店舗の場所も「ラグジュアリーブランドがある場所でなければならない」ということにこだわっていたため、お客様が「ちょっとチョコレートを食べたいな」と思っても、遠くの店まで行かなければならなかった。 そこでシュシャン社長は、 「アスピレーショナル(憧れ)&アクセンシブル(行きやすい)」 というブランド二する、という戦略を描いた。 コンビニエンスストアでゴディバの商品を販売する、という全く新しい試みに挑戦したのである。 ゴディバのチョコレートをコンビニで売るのはラグジュアリーブランドのイメージを損ねるのではないか、という反対意見が社内にあった。 しかし、近所に店舗がないお客様にはオンラインショップ以外の手段で商品を買えないので、そんなお客様にも、ゴディバのチョコレートのプレミアム感を手軽に楽しんで頂きたいと考えた。 そこで、コンビニエンスストアの販売でもゴディバの店舗での購入のようなラグジュアリー感をあじわっていただけるように、商品はゴディバのショッピングバッグに入れて渡してもらうことにした。 これはコンビニとしては異例なことであったが、セブンイレブンはその願いを聞き入れてくれた。 この販売戦略は大成功し、コンビニだけでなく、すべての販売チャネルで売上を伸ばすことができた。 シュシャン氏が社長に就任して以来、ゴディバジャパンは5年間で売上を2倍に成長させた。 ラグジュアリーブランドであるというDNAは変えずとも、時代のニーズに応えて商品、販売チャネル、お店の雰囲気などは変えることができるのだ。 だから、時代の変化は老舗ビジネスにとっても、新しい成長の素晴らしい機会でもあり、伝統を守るためにこそ果敢なイノベーションが必要だ、とシュシャン社長は語る。 弓道には「正射必中」という言葉がある。「正しく射られた矢は、必ず的に当たる」という考え方だ。 これはビジネスの世界に置き換えると、 「お客様のことを本当に考えて良い商品を作れば、結果は必ずついてくる」という意味になる。 ゴディバはチョコレートを売る会社だが、一番の目的は「チョコレートを通じて世界の皆様にハッピーをお届けすることだ」と考えている。 そのためには、お客様に品質が高く美味しいチョコレートを楽しく気持ちよくお買い求めていただくことが必要だ。 その目的を最優先して正しいプロセスを踏めば、利益という結果は自然とついてくる。 それこそがビジネスの「正射必中」である、とシュシャン社長は語る。 ただし、同時に「正射正中」という言葉もある。「正しい心、正しい姿勢で的に向かい、矢を当てなければならない」という意味である。弓道の審査では、矢が的に当たっても不合格になることがあるが、それは正しい心、正しい姿勢でなくても偶然に的に矢が当たることがあるからだ。 ビジネスにとって「正しい姿勢」とは、お客様のことを考え、モラルをもって仕事をすることだ。 「お客様の目に触れないところでは、極力コストをカットする」という経営者も多いが、裏側にいくつもの欠点や手抜きがあるというのは、お客様への裏切りである。 売上と利益だけを気にしてビジネスを行うのは、弓道を言えば的に当てることだけを目的として矢を射るようなものである。「正射正中」の精神は、企業を持続させ発展させる、最良の方法なので、経営者は自分の会社が 「正射正中」のビジネスをしているか常に目を配るべきだ、とジェローム・シュシャン社長は述べている。